ヴィンテージ航海図
MARITIME JOURNAL

航海日誌

海と港と、その周辺のことどもを綴る
夕暮れの帆

夕暮れの海に一艘の帆船が消えていくのを、港の石段に座って見送った。

帆に受ける最後の光が消え、船影が水平線に溶け込むまでの十数分間。その間ずっと私は、かつてこの港から旅立っていった無数の船乗りたちのことを考えていた。帰らなかった者、年月を経て戻ってきた者、そして今も海の上にいる者たち——港というのは、出会いと別れが繰り返される場所だ。

木造帆船が見えなくなった後も、しばらく波の音を聞いていた。夕凪の静けさの中で、海は何も語らず、ただ静かに揺れていた。

古い航海図

江戸時代後期に描かれた海図には、今は存在しない港の名前がいくつか記されている。

薄れかけた墨の線が描く入り江の形、几帳面な文字で書かれた地名、そして水深を示す数字——この海図を手に取った瞬間、200年前の船乗りがこれを持って海に出た場面を想像した。夜明け前に港を出て、星の位置と風向きを確認しながら、この紙の上の線と海の上の現実を照らし合わせる作業。

図書館の特別資料室で一時間かけてこの海図を調査した結果、地名の一つは現在の石川県輪島市近辺の、18世紀に海面上昇によって水没した港ではないかという仮説が浮かび上がった。

港の夜明け

午前4時に宿を出て、まだ暗い鞆の浦を歩いた。常夜灯の橙色の光だけが水面に映っていた。

30分後、東の空が少しずつ明るくなり始めた。薄墨色から紫、橙、そして淡い金色へと変わる空の下で、港はゆっくりと覚醒する。漁船のエンジン音が響き、カモメが飛び立ち、魚市場の灯りがともる。300年前も、この港の夜明けはきっと同じだったのではないかと思う。変わったのは船の材質と動力だけで、港の本質は変わっていない。

"航海日誌とは、海が人に語りかけてきた言葉の記録である。航海者はただ、その声を書き留める謙虚な媒介者に過ぎない。"

— シダーハーバーライン 航海日誌より