夜明け前の糸島湾は、まだ眠っている。岸壁に係留された数十隻の漁船の間を、老漁師・松永勝一(76歳)は素足で歩く。足の裏が岸壁の石の冷たさと湿り気を感じ取っている。それは今日の海の状態を読む最初の作業だ。
松永氏の祖父は明治末期に漁師を始め、父が漁場を引き継ぎ、そして今は勝一氏が守っている。三代にわたる漁の記憶は、道具の形に、作業の手順に、そして海を読む言葉の中に刻まれている。
「昔は電話もGPSもなかった。空の色と波の形と風の向きで、今日釣れるかどうかがわかった」と松永氏は語る。彼の目は生まれた時から海を見続けており、今でも空を見ただけで午後の天気が読める。
▲ 冬の間、船は陸に引き上げられ修理を受ける。漁師にとって最も長い休息の時。
指先で覚える海の文法
松永氏が最も誇りに思うのは、手繰り網の技術だ。長さ20メートル以上の網を、一定のリズムで手繰り寄せる動作は、子供の頃から練習を重ねた体の記憶によって動く。「手が勝手に動く。頭で考えてたら遅い」と彼は言う。
"海は毎日同じ顔をしていない。だから毎日新鮮なんや。70年やっても、まだ海に教わることがある。"
— 松永 勝一(漁師、76歳)網を修繕する時も、その技術は指先に宿る。破れた部分を確認し、最適な修繕方法を瞬時に判断する。使う糸の太さ、結び目の数、補強の範囲——これらすべてが経験から生まれた直感的判断だ。松永氏の指には数十年の傷跡が刻まれており、それ自体が海の歴史地図のように見える。
継承の危機と希望
松永氏には二人の息子がいるが、どちらも漁師にはならなかった。「仕方ない。収入が不安定やし、体は楽やない」と彼は淡々と語る。しかしその目には、どこか寂しさが宿っているように見えた。
それでも希望はある。近年、農業や林業と同様に「漁業への回帰」を希望する若者が増えている。松永氏の元にも、毎年数人の若者が「教えてほしい」と訪ねてくる。その多くは半年も経たずに去ってしまうが、中には残り続ける者もいる。
「技術よりも先に、海を好きになることが大事」と松永氏は繰り返す。技術は教えられるが、海への愛着は自分で培うしかない——その信念の元、今日も彼は夜明けの岸壁に立ち、水面を見つめる。